七夕祀り第五話

現在七夕祭り開催中です
文と絵と音というサウンドノベルもどき・全七回
第一話「木ノ下ゆゆこは巨人になった」
第二話「木ノ下ゆゆこは宇宙へ飛んだ」
第三話「木ノ下ゆゆこは水槽に落ちた」
第四話「木ノ下ゆゆこは次元を超えた」

七夕祀り第五話
「みくまりのかみさま」


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「……これまた立派な……」

ゆゆこは感嘆の言葉を漏らした
鬱蒼とした山深くにその荘厳な社は突然現れた

BGM・七夕ものがたり・序

謎のジュース「七夕サイダー」の力で奇妙な現象に巻き込まれている女子高生・木ノ下ゆゆこは、ねこさまの紹介により「雨を降らせることができる者」のところへやって来ている
これも七夕サイダーの力なのか、まばたきひとつする間に、鉢植えの飾られた窓際から未知の山奥へと飛ばされ、ねこさまの指示にしたがい、獣道よりちょっとましレベルの道を歩いて20分。
たどり着いたのは、四方を森と崖に囲われた社だった。
決して大きくはないが、素人目にも丁寧に作られたことがよくわかる。
浮き彫りが施され紅く塗られた柱に幾重もの木の皮で葺かれた屋根、刺繍の入った五色の布がのれんのように提げられている
ゆゆこは自然石を埋め込んで作られた参道を進んだ、参道の周りには大小様々な壺や箱、石碑のような物が立っている、整えられた社とは違って、こちらは苔むし風化しているものが多い
日も傾いてきて辺りは暗くなりつつあるが、何もしていないのに自然と燈籠が明るくなり辺りを照らす
ゆゆこは靴を脱ぎ、社へ上がった、置いて行くのは心配だったので左手に靴を持つ
ここは拝殿のようだ
壁は五色の布で飾られ、中央の台座には青磁の花活けに入った白い蓮の花がある
周りは供え物でいっぱいで、部屋の半分は供物で埋まっている
空腹を感じ始めているゆゆこは食べられそうな供え物でも失敬しようと思ったが、桝にこぼれんばかりに盛られた米や青々としたマクワウリなど、そのまま食べられそうにない生の食材ばかりだ

「ううーん、ここで願い事を祈れってことかな?」

ゆゆこは中央の花活けに向かってかしわ手をうち、七夕に雨を降らせてください、と祈ってみる
当然だが何も起こらない

「……ううう……七夕サイダーのバカやろお……もうあたし疲れたよ、おうちに帰りたい……」

もう時間がない、見当もつかない雨乞いの旅はいつまで続くんだろう、そう思うと体から力が抜け、ゆゆこはその場にへたりこんだ

……ひゅうっ……

膝を抱えるゆゆこの前髪をかすかな風がなぜる

ん?前髪?

ばっと顔をあげ、目の前に積んである供物を乱暴に掻き分ける、箱や包みの袋がガラガラくずれ無秩序に広がっていく、邪魔な供物を放り出すと花活けの台座を覆う白い布を滅茶苦茶にまくりあげた

「見っつけたぁあぁあぁー!」

布の下には観音開きの扉があり、開けると地下へと進む階段が現れた
中から吹く風がゆゆこの頬に当たる、風によるヒント、これ見よがしな隠し階段、七夕サイダーが行けといっているんだろう
ゆゆこは迷わず下へ降りた
靴を持ち歩くのは面倒なので、ぐちゃぐちゃにしてしまった供物のなかから翡翠色の巾着を拝借し、靴袋にして腰に結んでおく、これなら邪魔にならないだろう

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階段を降りた先は通路になっていた
自然の洞窟を利用したらしい、足元は歩きやすく板敷きになっているが壁はむき出しの岩肌で、触るとしっとり湿っている
足元に小さな燈籠が一定間隔でならんでいるので、歩くのには困らない
おっかなびっくり歩くうちにだんだんと通路の様子も変わってきた。狭かった通路は広がり、柱が現れ、足元にあった燈籠は頭上に移動した。進めば進むほど甘いこうの香りが強くなる

BGM・かみさまのへや

階段を上がるとそこは大きな広間だった。
広間のなかは何本もの柱と背の低い仕切りで蜂の巣のように区切られており、その間を細い通路が繋いでいる
小さく区切られた空間には、またも供物らしい物が積まれていたり、手水鉢の小さな蓮池があったりと統一感がない。通り道の端々には外にあったのと同じ小さな箱や壺が無造作に置かれているが、こちらは風化しておらず真新しいものばかりだ
そして広間の中央、他よりも一段高くなっている所に、天涯のついた六角形の寝台がおかれ

「珍しいな、若い女がここに来るとは」

そこから声がかけられた

「・・・・・・・・・・・・い、今さらかもしれないけど、ひ、人じゃない!」

優雅に寝台で寝そべっていたのは半裸の女だった
いや、半裸という表現はおかしいかもしれない、なんせこの女には足がなく、腰から下は蛇のように長く鱗の生えた尾がついていたのだから
今まで会った水色宇宙人やねこさまは人間とはかけ離れた生物であるし、ルピカは水のなかに居る点を除けば人間と変わらない
人の形をしながら蛇のような下半身を持つ女に会って、ゆゆこは初めて人ではない者と接していると実感を持った

「さっさとお前の望みをいえ、叶えてやる」

「え・・・どうしてあたしがお願い事しにきたって知ってるの?」

「ここに来るのは私に願いを叶えて欲しい者だけだ」

女は気だるげに身を起こし豪奢な背もたれに肘をつく、長い尾の先には扇のようなヒレがあり、上を向いてゆらゆらと揺れている
よく見れば綺麗な人だ、はっきりした目鼻立ち、白く滑らかな肌、豊かな黒髪を結ってハスの花で飾り、金の装飾品を身に付けている、髪の先だけが少し朱い

「でもあたしお供え物とかお賽銭とか、なんにも持ってきてないんですけど……」

ゆゆこがおずおずと切り出すと、蛇身の神様は表情を変えず淡々と答える

「出したければ出せばいい、お前たちはいつも勝手に妙なものを置いていく」

「それって無くても良いってこと?」

なんと太っ腹なことか、見返りなしでこっちの言うことを聞いてくれるのか
これぞまさしく願ったり叶ったり
ねこさまの言っていた「じゃしん」って「蛇神」のことだったのか、とゆゆこは納得した

「ならお言葉に甘えまして……」

ゆゆこは神様に近づいた、相手が神様なら、礼儀くらいは尽くさなければ
背筋を伸ばしペコリと一礼、パンパンっと柏手
目をつむって手を合わせる

「どうか神様お願いです、七夕の日に雨を降らせてください」



ひゅ

ゆゆこの上の空気が切り裂かれた

ガランッガランッ

けたたましい音に驚き後ろを振り向くと、そこにあったはずの柱がない
あるのは鮮やかな切り口をさらす木の棒だ

「雨を…………降らせと……言うのか…………」

前に向き直るとさっきまで上を向いてゆらめいていた尾がピタリと先をこちらに向けている。目前に据えられた尾びれから、わずかな熱気が感じられた
これはもしや摩擦熱ではないだろうか
高速で柱を薙ぎ切ったことで擦られ、熱を発しているのだろう
これがあと十センチ下を通っていたら。見事な切り口を披露することになっていたのは……

ゾッとした

(これはダメだ……!)

ゆゆこの判断は早かった、しかし動く隙がない
逃げなきゃ
早く
とにかくここを出なきゃ
じゃないと
いや、考えたくない

はやく

はやく

はやく

はやく


あたし







体の間隔は消えていくのに心臓の拍動はスピードを増してゆく
カミソリのような尾を向けられた状態では、頭がうまく働かない
蛇身の女は高みからゆゆこを見下げている

「あ・・・・・・帰リマス・・・やめて・・・ごめんなさ」

「過去にもいたのだ、雨をくれと言うやつらが」

ゆゆこのふるえる言葉には全く反応せず、神様は虚空を見つめている

「悲しみにくれる私に対して、そんな事を頼む愚か者が赦しがたく、お望み通り雨を呼び、刻んだやつらの体を混ぜて散々降らせてやったのだ」

尾が再び持ち上がる、ゆゆこは相手から視線をはずさないようにしながら少し後ろに下がった。少しだけ呼吸が楽になる。
周囲に転がっている小さな箱や壺が、切り落とされた柱の下敷きになって壊れ、あたりは破片が散っている

「するとな、何を勘違いしたのか私を祀り始めたのだ。『命と引き換えに願いを叶える神が居る』と、わざわざこんな場所を設けてな。逃げ出さぬよう見張り、だが機嫌を損ねぬよう供物を絶やさない、理解に苦しむ実に愚かしい思いつきだと笑ってやったものだ」

尾が再び持ち上がり周囲を薙いだ。今度は灯篭や天井から下がる玉飾りが引きちぎられ、とがった礫となってバラバラと降った、腕で顔をぎゅっと必死にかばい、ゆゆこはその場にしゃがみこんだ

「そして有事の際にはこんなものを寄越す」

尾が床の上を払いのける。割れた壺のかけらが取り払われて、中に入っていたものが顔を出す。白くてカランとした破片、それが何なのかゆゆこにはわかった。一度だけ本物を見たことがあったから

「生きた人を焼いてな、箱に詰めたらしい。私は命を代償に願いを叶えると勝手に信じているからな、水子をそのまま入れて持ってきたやつもいた。・・・・・・そんなもの誰が欲しがるというのだ!」

語尾が荒ぶる、長い髪が邪魔をして、ゆゆこからは神様の表情を見ることができない
敷布をつかむ指が少し震えている

「人は嫌いだ! 絶えろ! 勝手に死ね! 自分たちで友を焼き殺し私に捧げ続けろ!」

神様が吠えた、部屋が揺れる。比喩ではなく本当に揺れている。部屋の主の心情がそのまま外に漏れだしているのか、空気が不可解な揺らぎ方をはじめた。

「だが、ここにとどまり、奴らの願いを聞き続けるのは私への罰だ。・・・・・・罰でも与えなければ・・・・・・納まりがつかない」

寒い、部屋の空気が暖かさをなくして、刺さるような冷気が壁からしみだしてくる
これもこの神様の力なのか、そう思いつつゆゆこは腰の巾着から靴を取り出してはいた。神様は下を向いていてぶつぶつと一人語りをするばかりでこちらを見ようとしない。逃げるなら今かもしれない
どうやらこの神様は、欲しくもない人の命をささげられながらここに祀られ、願いをかなえているということはわかった。そんな神様に願い事をしては自分に何が返ってくるものか分かったもんじゃない。
来るときに使った階段までの距離はは10メートルほど、割れた壺など瓦礫でいっぱいだが何とかなりそうだ。

「私が・・・雨を降らせてあげればよかったの? ・・・・・・にひどいことして・・・ねぇ返してよ・・・どこへやったの、私の・・・・・・雨なんてただの水じゃない・・・・・・こと・・・しな・・・で・・・かえしてかえ・・・して」

声が揺らいでいる

「ごめんなさい神様! あたしのお願いはやっぱり別のところで聞いてもらうことにします! 辛いことを思い出させてしまったみたいで本当にごめんなさい! でも・・・自分にとってつらい心無いことを続けるのは、あたしには無理です。どうか少しでも神様が心休まりますように!」

体を反転させる。この距離ならいける
がれきの合間を走り階段口に飛び込むが

「うそ! 水が・・・!」

地下へと続く階段は水没していた。灯篭で照らされていた明るさはない、底が暗くて何も見えない

「・・・・・・いい願いだな」

神様の声がした。笑っている
目元が細くなり、口元が緩んで、こちらを見ている

「その願い叶えよう」

桜色の爪が飾る白い指を空中で動かす、文字を書いているのだろうか

「もう私はつかれた、そしてもうこんなわたしが、きたなくいきるすがたをあのひとにみせたくない」

モノが壊れる瞬間は、美しいものなのか

「全て沈め、汚い私も人も土地も、永遠の雨で水底に沈んでしまえ」

ごぼごぼっ

階段から水があふれ、一瞬遅れて上から滝のような雨が降ってきた
膝が水につかる、室内だと思っていたのに、上には見たことがないほど重く立ち込めた暗雲が見えた
もう水は腰まで上がっている

ゆゆこの意識はそこでなくなった


つづく

music・いりこ
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七夕祀り第四話

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第一話「木ノ下ゆゆこは巨人になった」
第二話「木ノ下ゆゆこは宇宙へ飛んだ」
第三話「木ノ下ゆゆこは水槽に落ちた」


七夕祀り第四話
「木ノ下ゆゆこは次元を超えた」

BGM 七夕まつり2012
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つづく






七夕祀り別ルート

ねこさま、私、雨を降らせる方法を探してまして、ねこさまの力でどうにかしてもらえませんか?

「断る」  ⇒「よかろう」



「そうなる気はしてたんですよねーだめに決ま……っていいんだ?!」

絶対だめだと思っていた、ここはセオリー的にだめになるのが普通だろ
だってまだ攻略ルート残ってるもん!
ねこっぽい謎の生物は、ののののののと移動して、近くの葉の陰に隠れた

「人工的かつ非常に局所的な雨だ、今から20秒後に来るぞ」

「20秒?! 困ります! 明日の七夕に降らさないといけないのに!」

あわてるゆゆこの頭上がふっと暗くなった、雨雲? 雨雲が来ちゃったの?!

「そろそろ水やりの時間だからな」

ねこさまの言葉にゆゆこはあたりを見回した。そうだここはどこであったか
ゆゆこの体はまだ小人のままだ、推定身長16センチ。ルピカの金魚鉢があった出窓をどうにかこうにか抜け出し、部屋を抜け、階段を下り、外に出られるところはないかと窓に近寄ったのだ。
ここはルピカの飼い主の家、窓際のよく日の当たる場所……植物の鉢植えがいくつも並べられている

「あああああなんかオチわかっちゃったあああああ!」

ゆゆこもねこさまに倣い、植物の陰にもぐった

「お待たせお前ら! ご飯の時間が来ちゃったぞー!」

頭上の黒い影が言う。雨雲などではない、そこにいたのはゆゆこにとっては巨大な、ごくごく普通の女の子だった。
ポニーテールにした髪がちらりと見えた。そして手には……

「今日も暑いね、だからいっぱいあげちゃうよ!」

ポニテの彼女は手にした白いジョウロを傾けた
ゆゆこは葉っぱの下から様子をうかがう。しょろしょろしょろ、と小さな雨が降っていた

「ねこさま、これはないって! ちゃんと雨を降らせてよ!」

「頭の上から水が降っている、雨の条件は満たしているが」

「理屈こねなくてもこれがダメなことくらい自分でもわかるでしょーが!」

「そうだな。このねこさまが理屈をこねているだけなどと思われるのは心外だ。仕方ない、代わりの案を考えてやろう」

「本当に!?」

「ああ、雨乞いに適した者を紹介してやる。そいつに頼め、うまくいけば雨が降る。少々闇落ち気味な相手だがな、まあなんとかなるだろう」

「やったー! ねこさまありがとー!」

これでもとに戻ることができる!
喜んだゆゆこはその場で跳び跳ねた、意味もなくバシバシと近くの葉っぱを叩く

「ひっ……ひゃあああああああああああああ!!」

頭上から悲鳴が聞こえた

「おかーさん! いいい今鉢植えのところに! なんか動くものが! やだやだやだごきぶりいいいいいい!」

ポニーテールが逃げてゆく、動いたゆゆこを虫と勘違いしたようだ。逃げる彼女は両手で守るように体を抱いている。

「あれ?」

さっきまで持っていた白いジョウロはどうしたんだろう、ふっとゆゆこは上を見上げた。

次の瞬間、ゆゆこをゲリラ豪雨が襲った
ポニーテールの女の子が、虫に驚いて思わず投げた白いジョウロ。
中に残った水を吐き出し、鉢植えの間に落っこちて、こーんとプラスチックの軽い音をたてた

七夕祀り第三話

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第一話「木ノ下ゆゆこは巨人になった」
第二話「木ノ下ゆゆこは宇宙へ飛んだ」

七夕祀り第三話
「木ノ下ゆゆこは水槽に落ちた」



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じゃぶん 


「がーぼがぼがぼがぶっ!」

木ノ下ゆゆこは水のなかに落ちていた。
かなり深いのかちっとも足がつかない、泳ぐのは割りと得意だがいつまでも水のなかにいたら溺れてしまう、急いで浮上し頭を水上へ出した。
辺りを見渡せばすぐそばに上へせりだした透明な岸がある、急いでそこに登り全身を引っ張りあげる。
しかしその岸はとても短く、ぐにゃぐにゃと曲がって安定感がない、ゆゆこは飛沫を撒き散らしながらその透明な岸から水のない向こう側へ転げ落ち、わずかに弾力のある固い布のようなものの上に着地した

「ぺっぺっ、うわぁパンツまでぐちゃぐちゃだよ」

靴に入った水を捨て、髪と制服のスカートをぎりぎりとしぼる。肌に布が張り付いて動きにくいがこんなところで脱ぐわけにもいかない、幸いにもここは暖かく、風邪を引くことはなさそうだ
地面が汚れていないことを確認してゆゆこはずぶ濡れのままその場に座った

「うん、案の定生きてるわけだけど、ここはどんなところだろ」

靴下を脱ぎながら周囲を確認する
どうやらとても大きい建物の中だ。何メートルあるのかわからないほど天井が高く、広い部屋。下は木の床、左右に白い壁、外は良く見えないが後ろはガラス張りの壁、反対側には厚手の布が天井から下がっている。四方を壁に囲まれていて、扉は見当たらない
そしてそんな部屋の真ん中に、ゆゆこが今落ちたもの、巨大な水槽が据えられていた。
ツルツルの曲面の丸型水槽、さっきゆゆこが岸だと思ったのは装飾的にひだがつけられた水槽の「ふち」だ
さらにすぐそばにはさっきゆゆこが落下した大きな四角い物体Xがある

「割ときれいなところだし、いいや靴下脱いじゃ『おいそこのお前、断りもなく人の居場所に落ちてきてどういうつもりだ』

「!!」

BGM 七夕祀り2013

ゆゆこは座ったまま素早く後ろに下がる
目の前から声がした、水槽の中に誰かいる、そんな馬鹿な、だって水槽の中は足がつかないほど深い水でいっぱいだったじゃないか「中に人がいて、水の中から声をかけてくる」はずがない!
ゆゆこはそっと視線をあげてみた、そこにはガラスごしに水中からこちらを見ている小綺麗な男の人がいた。

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見た目は二十歳前後と言ったところか、長い前髪を左側で分けており、髪の隙間から涼しげな目元がのぞく。
着ているのは見たことのない服だった、色は青みがかった黒、着流しに似ているが裾と袂がとても長くひらひらしていて、裾先と袂は向こうが透けるほど布が薄い。水のなかでゆらゆらとたゆたっている姿が妙にしっくり来る

『聞こえないのか? 俺の言葉がわかるなら返事をしろ! それとも伝わっていないのか? けっこう練習したから伝わる自信があったのだが……』

男は水中でひららかな袂をふってこちらをうかがっている

「だいじょぶだいじょぶ、言葉は伝わってる」

『! そうか! お前「話」ができるのだな!』

男はパッと顔を明るくさせて、ひゅるんと回転した。水の抵抗を全く感じさせない鮮やかな動き。
どうやら悪い人ではないようだ、男は、俺のことはルピカと呼べばいい、と自分から教えてくれる

『ずっと自己紹介というものをしてみたかったのだ! 俺の飼い主がつけてくれた自慢の名だぞ!』

「は? 飼い主?」

『ああ、俺は紆余曲折を経て、今はここでペットとして飼われているんだ』

どうしよう! なんかやばい世界なのかここ!
ゆゆこは謎の衝撃を受けていた
成人そこそこの男の人が嬉々として「飼われてる」発言はいいのか!?
しかもつっこむの忘れてたけどこの人水の中で生きてるよ! 人間じゃない系?! 飼われてるってか珍しいからつかまってるとか? やばいの? もしかしてここやばいの?!
どこか違う世界を見つめながら、見世物小屋……フリークショー……などとつぶやいているゆゆこを興味深そうに観察しながら、男の人ことルピカは積極的に話しかけてくる

『どうした、金魚を飼うことがそんなに珍しいことなのか』

「は、金魚?」

『む、金魚を知らんのか無知め、俺のことだ。出目金というのだぞ、尻尾がひらひらしていて見栄えがいいだろう』

「いやいやいや、どこが出目だよ、普通に人の形してるよ、裾は確かにひらひらしてるけど」

そういうと、ルピカはおやと首をかしげた

『そっちの姿が見えるのか? おかしいな、今はサカナの姿なのに』

「え、人にもなれる感じなのルピカさん」

『うむ、その通りだ。俺は人間とサカナ、両方の姿を取ることができる』

話を聞けば、ルピカさんは宇宙人なのだという、前回に引き続き宇宙人に遭遇するとかどうなってんだ
いわく、魚の姿ではペットとして飼われ、人間の生活に溶け込んでいるらしい
どう考えても侵略目的で宇宙人が人間の家に潜入しているようにしか思えないが、ルピカさんは「話し相手がほしかったから家出してきた」などとのんきなことを言っている
そこまできいてゆゆこはっと思い出した、自分は巨人化していたのではなかったのか

「ルピカさんは金魚、しかも最初に落っこちたこれ、よく見たら金魚鉢……今度は小人化してんじゃん! ちゃっちくなっとる! どうしてもどるサイズ通り越してんの!」

大きな水槽だと思ったが違った、自分自身が小さくなっていたのだ
ガラスの壁だと思ったものは窓、天井から長々と下がっている布はおそらくカーテン。ルピカはおそらく、出窓のスペースを利用して飼われているのだろう

『うるさいぞ、そんなことより俺と話をしよう』

ゆゆこの返事も聞かず、ルピカは自分の飼い主の話を振ってくる。飼い主さんは今日財布を家に忘れていったらしい、ゆゆこが落っこちたときにあった物体Xの正体はその財布だった、小中学生が使ってそうな、マジックテープで留めるタイプのやつ
楽しそうに話をするルピカは、体のサイズが今度は縮小されていることに気が付いてやきもきしているゆゆこを全く気にする様子がない
しかし、マイペースだとか自己中心であるという雰囲気はなかった。「自己紹介をしてみたかった」など、言動の端々から人と接しなれていない独特の空気をかもしている

「ルピカさんって、人付き合いとかあんまりしたことないの」

『したことないどころか、まともに会話したのは何年振りかわからんレベルだ!』

ああそうか、だから話し相手ができてうれしいのか、とゆゆこは納得した

『実はな、俺の飼い主さんとずっと話がしたくてこの家にとどまっているんだ』

「話しゃ良いじゃん、ルピカさんの言葉、ちゃんと伝わるよ」

『でもなぁ、話しかけて嫌われたらどうするんだ』

「嫌われちゃいそうなの?」

『そんなことはない! 非常に察しのいい人なんだ! 器も大きい人なんだぞ! ちょっと話したくらいで嫌うような人じゃない!』

「じゃあいいじゃん」

『よくない! きっかけがないのだ、最近は不審者も多い、突然話しかけて間違われたらどうする』

んんん? ゆゆこは少し頭の奥が引っ掛かる感覚を覚える

「なら話しかけなきゃいいじゃない」

『それもだめだ! なんのためにここにいると思っている』

「そこまで言うなら目的を果たさなきゃ」

『いや、しかしそれにはとっかかりというものが……』

ああわかった、あれだクラスの女の子の会話、あれに似てるんだ

『やっぱり俺が話しかけるのは控えたほうがいいのか……』

「やめちまえ」

『は?』

「ええい! ンな答えがほしいようで求めてない女子会話はお断りじゃあああああ!」

ゴーン!
ゆゆこはこぶしで水槽を殴った。びっくりしたルピカはひゅんっとゆゆこから遠ざかる

「その調子でいくと、ルピカさんはその人と会話するの、多分一生無理」

『それは困る!』

ルピカはびたっとゆゆこの目の前のガラスに張り付いた

「なら今から話しかけに行け、今すぐにだ!」

『え……』

「じゃないと一生む……」

『やるやる! 俺はやるぞ! 一生無理は困るんだ!』

さっき叩かれてびっくりしていたガラスを、今度はルピカが内側からゴンゴン叩く
ルピカはゆゆこが思っている以上に単純だった。
この手の会話は、たいてい相手に改める気はゼロなので会話自体が意味をなさないことも多いのだが、人との会話に慣れていない、ある意味純粋なルピカは、ストレートにゆゆこの言葉を受け止めた
素直な人ではあるんだろう、いや人じゃなくて魚か、もしくは宇宙人

「そだ、財布忘れてったんだよね、飼い主さん」

『ああ、今日はマンガの発売日だから、必ず使うはずだ。まぁ中には150円しか入ってないけどな』

「それでどうやってマンガ買うの」

『図書カード』

「なるほど」

さみしい懐事情はゆゆこにもよくわかる。なんたってそのせいで飲み物代をケチり、今こんなめんどくさいことになっているのだから

「届けてあげなよ、お財布。落としましたよーとか適当なこと言ってさ、話すきっかけにもなるし、飼い主さん助かるでしょ」

『それはいいな、良しやってみよう!』

ルピカは返事をするように裾を振った
二人で話をしている間に、ゆゆこの服はある程度水分が抜けていた。これなら動き回っていてもおかしくないだろう

「ルピカさん、あたしね。雨を降らせる方法を探してるの」

忘れてはいけない、これは聞いておかないと

「知ってたら教えてくれない?」

『雨を降らせる方法か』

ルピカはすぐに答えてくれた

『この町の都市伝説だが、面白かったら気まぐれに願いを叶えるやつがいるらしい』

そいつに会いに行ってみたらどうだ?
ルピカの裾がひらひらゆれる、今更ながら、魚のひれに似ているなと思った


つづく


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七夕祀り第二話

現在七夕にちなんだ長編を描く祭り開催中です
文と絵と音というサウンドノベルもどき・全七回
第一話

七夕祀り第二話
「木ノ下ゆゆこは宇宙へ飛んだ」


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東経145度に位置する気象衛星「あじさい7号」は、今日も東アジアにかかる雲の様子をつぶさに観察し、 貴重な記録を地上へ発信している。彼の目には縦に長い日本列島の姿がはっきりと映っており、それはつまり「本日は快晴ナリ、明日も雨は降りません」ということを表していた。
そんなまじめに働く彼にほど近い宇宙空間を、ゆゆこはなすすべも無くぷかぷかと漂っていた。

謎のジュース「七夕サイダー」を飲んだせいで巨人になってしまった女子高生・木ノ下ゆゆこは「元に戻すには『七夕ニ雨ヲ降ラスベシ』」という不可解な指令を受け途方にくれていたが、クラスメイト・線香かおるの指さす先を目で追った瞬間、あっという間に空高く、いや空よりも高い宇宙に飛ばされていた
辺りは星と暗い宇宙、足の遥か下にほわりと明るい地球がある

「あたしどーして生きてるんだろう……」

宇宙は真空だと思っていたのに、呼吸は出来るし苦しくもなんともない。本当は宇宙にも空気が存在したのか、もしくは巨人になったこの体は酸素を必要としないのか。

「間違いなくこの状況は七夕サイダーのせいだよね、本当に雨を降らせたら、元に……戻れるのかな?」

ひょいと下をのぞきこんでも青々とした地球の肌が見えるだけで、七夕に雨が降るかどうかも、雨を降らせる方法も見当がつかない。ぐるぐると考えた末、そうだここでおしっこもらしちゃえば雨降ったことになるんじゃね、と下品なアイディアを思いついたとき、ぺかぺか光る水色の三角形がゆゆこのもとに飛んできた。

「そこの巨大なおじょーさん、危ないよ?」

三角形の表面に水色をしたタコのような生物が写し出された。ぐにゃぐにゃと曲がりうごめく複数の手足、丸くて大きな目は黄色く、仄かに発光している。
宇宙人だ!とゆゆこは思ったが、不思議な現象が立て続けに起こっている今、宇宙人がいた程度で驚くこともなくむしろ話のできる相手が来たことが嬉しくさえあった

「ここを離れた方がいいよー?おすすめしないよー?保障しかねるよー?」

「あたしも好きでいる訳じゃないの、諸事情により七夕に雨を降らせる方法がないか探してるんだけど、その過程でこんなところに来ちゃって」

「だからってアンモニア臭のする自前の雨を降らせるのはハードなプレイ過ぎると思うけど」

「イヤアアアア! マジでやらないから! 最終手段だから! 宇宙人さん思考読まないで!」

ぶんぶん振り回すゆゆこの腕を避け、三角形はひゅいひゅいと軽やかに空間を泳ぐ
その時、ゆゆこの右足にナニカが当たりピリッとした痛みが走った

BGM・七夕宇宙戦争

「いったい!」

「ありゃー始まっちゃった」

ゆゆこは痛みの方向を振り向き、目を丸くした
小さな三角形が大編隊を組んでこちらに押し寄せてくる。もはやひとつふたつと数えられる数ではない、無数の大群だ。
三角形たちは規則立った一糸乱れぬ集団行動をとってこちらに向かってくる。小魚の群れのように塊で進行する三角形は、意思をもったひとつの生物に見えた
うねりながら広がりゆゆこと宇宙人を取り囲む

「ここここここここれはいったい?!」

「シューティングゲームだよ」

「シューティング?」

「ボクの友達と今ゲームしてるの、攻撃してくる敵を撃破して、たくさんやっつけた方が勝ち」

「つまりこのたくさんある三角形は敵役のNPCってこと?」

「そ、でもひとつだけ僕の対戦相手の機体があるよ、直接攻撃しちゃってもおっけー」

ぱぁーんと弾ける音がして花火があがった。瞬間、三角形は動きを一変させる。鋭角を一斉にこちらに向け突撃してきたのだ

「うひゃあ!」

「いったでしょー危ないって!ゲーム中は無差別に狙われるから、範囲内にいたら攻撃してくるよ!」

宇宙人は鮮やかな動きで宙を舞い攻撃を避けながら、光の弾丸で敵を撃破している。一方移動手段すら持たないゆゆこは攻撃を受けまくっていた
死にはしない、だがシャーペンの先でチクチクされるような痛みがひたすら続く、三角形と光の洪水で前が見えない。ゆゆこは顔を守りながら必死に手で三角形を掻き分けた

シャララン!

音がした、ゆゆこの手につるつるしたものが触れる、指をかけ無我夢中で引いた

パキューン!

目の前にいた三角形が四散する、ゆゆこの手から発射された弾丸は、星のエフェクトを振り撒いて辺りの敵を蹴散らした

「三人目のプレイヤー登録しといたよ、頑張ってねー」

水色の宇宙人はそういい残し、敵をくぐり抜けて飛んでいく、ゆゆこの手にはピンク色のオモチャの拳銃が残されていた。

「シューティングゲームかぁ」

ゆゆこは顔の前に銃を構えた

「そーゆうの、結構好きかも!」

ゆゆこは空中を蹴った、さっきまで浮かぶことしかできなかったのに、今の体は自由自在に飛び回ることができる。追いかてくる三角形が肌を掠めた、足は止めず銃で応戦する。狙いなど定めない、数打ちゃ当たる
攻撃は雑なものの、その縦横無尽の動きによりゆゆこは数多くの三角形を撃破した。

ゆゆこが参戦して五分がたった、敵の残りも少なくなってきた。そろそろしっかりポイントを稼ごうと三角形のひとつに狙いを定める。そのゆゆこの目の前を、オレンジ色の閃光が駆け抜けた

「?!」

オレンジ色の三角形、旋回しながら斜め下にもぐり、突然垂直に急上昇。竜巻のように敵を蹴散らし、三角形が花火のようにはじけ、光のしっぽを残して抜けていく。
強い、あれはおそらく宇宙人の言っていた「友達」。このゲームのプレイヤーだ。
ちかちかとこちらに合図を送ってくる。勝負しろと言っているのだ。
上等じゃん! とゆゆこは飛び出した。敵を踏み台にしてオレンジのもとへ駆ける。踏みしめるごとに三角形が砕けてきらきらしながら消える。
オレンジは逃げも隠れもしないでゆゆこへ角を向け、ヒュウっと音を立てて向かってきた。オレンジの抜けた衝撃で通り道の三角形は円状に飛び散る。

「くらええええええええええええええっ!!」

ゆゆこの銃弾とオレンジの弾丸がぶつかった、周囲の敵は攻撃の残滓を受け跡形もなく吹き飛んだ。


「……かっ…………ふぁあぁっ!」

眉間だ! 眉間が弾き飛ばされた!
でこピン? いや至近距離でエアガンで撃たれたような! とにかく痛いいいいいいいい!

ゆゆこは顔を抑えて体を丸める、負けた、オレンジのほうが上手だった
派手な攻撃に気を取られ、オレンジ本体が身をひねりゆゆこに突撃してきたことに気がつかず、対処できなかった
凄まじいスピードでぶつかった衝撃で、受け身を全く取れなかったゆゆこはそのまま吹っ飛ばされていた

ん? おかしいな? ゆゆこはゆっくり目を開ける、確かに衝撃波凄まじかったが体がどんどん流されている
宇宙は抵抗が少ないからちょっと押しただけで物が遠くへ飛んでいくというが、そんなレベルではない
体の流れるスピードがどんどん速くなっている。これは本当に流されているのか?

「これ落ちてる!落ちてるよーーーーーー!」

知らないうちに地球の重力に引っかかっていた。体は急に重さを取り戻し、ゆゆこを元いた場所へ引きずってゆく、抵抗のしようがない。

「やほー、頑張ったけどボクも負けちゃったー、おじょーさんのバトルかっこよかったよ?」

すいっと宇宙人がやってきた

「ありがとう! でも話してる場合と違う! 落ちてる! 落ちちゃう! あたしどうなっちゃう?!」

「普通なら空気抵抗以前に肺がつぶれて死んでるところだけど大ジョブそうだから落ちても大ジョブじゃね」

「それもそうか」

相変わらずゆゆこの体は地上へ向かってまっさかさまだが、七夕サイダーの不思議効果が続くのならば、この状況も切り抜けてしまうような気がした。それと一緒に、ゆゆこは本来の目的も思い出した

「宇宙人さん、あたし雨を降らせる方法探してるの、なんか知らない?」

「雨降らせる方法ねぇ」

水色の宇宙人はくるくるとからかうようにゆゆこの体を回りながら一緒に下りてゆく

「パッと思いつかないや、とりあえず雨用の水でも用意してみたら?」

「えー」

ろくなアイディアも出ないまま、ゆゆこは青い星に沈んでいった


つづく


music・いりこ
そんでもってイラストもらいました
13ねこさんハピバ

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七夕祀り第一話

現在七夕にちなんだ長編を描く祭り開催中です
文と絵と音というサウンドノベルもどきを七回
曲だけでも聴いてって!

星を押すと音出るよ



七夕祀り第一話
「木ノ下ゆゆこは巨人になった」


ちっとも雨が降らない今年の梅雨は、そろそろ終わりを迎えようとしていた。
今日も空は蒼く、太陽はとても高く、ついでに気温も高く、午前中から自販機の冷たい飲み物が飛ぶように売れていく。
千種川中学高等学校に通う女子高生・木ノ下ゆゆこも、体育授業後の水分補給を求めていた。
普段マンガを買うのにお金をかける分、無駄遣い、特に飲み食いにはお小遣いを使わないと決めている彼女にしては珍しい事だった。
飲み物の自動販売機は、一階の食堂と四階の廊下にある。食堂近くの自販機は利用者が多い、はやばやと制服に着替えたゆゆこは、小銭だけをもって四階へ向かった。
さぁなにを買うべきか、安く済ませるにはお茶か牛乳がいい、でも甘さが欲しい気分だ。少々贅沢にマンゴーオレを飲んでみるのも素敵かもしれない、メロンソーダとコーラは安いが炭酸は舌がじわじわして好きじゃない。
ゆゆこの人差し指がすぅっと伸びて自販機のボタンをめぐる。やっぱりマンゴーだ、つぅと視線を横に滑らせてマンゴーオレを探し……目標の隣で止まった。

tanabata2013.jpg

「七夕……サイダー……?」

自販機の中に見たことのない飲み物が並んでいた。
うっすらとした青緑のパッケージに下手くそな筆文字で「七夕サイダー」と書かれ、文字の回りは銀色の星で飾られている。割と地味
それが目新しいだけの商品であったならゆゆこの目に留まらなかったかもしれない、しかしなんとこの飲み物、値段が70円だった。マンゴーオレの半額である。気付けばその安さにつられ、指が勝手に購入ボタンを押していた、炭酸苦手だったのに。

カコン  

「へ?」

自分の真後ろに何かが置かれた音がした。
振り向くとそこには蓋に「七夕サイダー」と適当な字で書かれた紙コップが一つ
今ボタンを押した自動販売機の取り出し口をのぞいて見たが何もない。突然後ろに現れたあの紙コップが七夕サイダーなんだろうか。

「……変なもの入って無いでしょーね」

床にしゃがんで紙コップを手に取る、たとえ怪しさ満天の飲み物でも出したお金がもったいない、多少のへんちくりんさには目をつぶっておこう。
ゆゆこは中身を確認するため蓋を取ってみた。麦茶よりもっと薄く、きいろ味がかった薄茶色の液体がはいっている。サイダーと銘打っているのに、紙コップの内側には炭酸のあわぶくが全くついていない、そのかわりに小さな星形の粒が入っていて、ぱちりぱちりとはじけている。顔を近づけてみるとあまやかな果物の香りがした。
恐る恐る舌先だけちょんとつけてみると

「ん、あまい」

飲めるものではあると思う。
のどが渇いてしょうがない、ゆゆこは紙コップの中身を一気にあおった。
冷たくて、少しの酸味と甘味、ほのかに花の蜜のような香りがする。星形の粒が口の中でぱちんとはじける音がする。おいしい、これが70円なら得をした気分だ。
あっという間に飲み干し、備え付けてあるゴミ箱に紙コップ捨てて行こうとしたとき、ゆゆこは紙コップの底に何かを見つけた。
紙コップの底には花に鱗模様の入った意匠がプリントされている、傾けると反射してキラキラと光った。精緻な模様をもっと良く見ようと、ゆゆこは右目にコップをかざした。

しゃらしゃらしゃら……

音がする。ほそい葉が擦れ会う音が
どこから聞こえるのだろう

ひゅっ

「わぁ?!」

ゆゆこの足元が突然掬われた、一瞬の浮游感、そのまま紙コップを目に当てた状態で尻餅をついてしまう。やけに固い床に着地したせいで涙が出そうだ。いや、もう出ている、これは本当に痛い、尾てい骨が痛い。
あ"ーと唸りながら腹立ち紛れに紙コップを力一杯放り投げてやった。目をぱしぱしと瞬かせると涙でにじんでいる視界が段々とクリアになっていく

最初に見えたのは学校の外壁だった


BGM 七夕祀り


「あ……れ……?」

四階の自販機前にいたのに学校の壁が見える、そして異様な目線の高さ、やけに固いと思った床は、細かな石畳だった。


yuyukotanabata.jpg
「あたし……でっかくなってるーー?!」

そうだよ

「やだやだなにこれ! いやおかしいって! もしかしなくてもあの変なジュースのせい? だよね? ですよね! 最初っから怪しいとは思ってたよ? でも安いんだもん! 買っちゃうじゃん! お財布のさもしい高校生が、飲み物代ケチって何が悪いんだー!!」

ゆゆこの叫び声は学校中に反響した。
本当にジュースが原因かはわからないが、160センチほどだったゆゆこの身長は10倍以上の高さに伸び、座った状態で三階の窓が覗けるほどの大きさになってしまっている。
そしてさっきまで廊下にいたはずが、今は校内の中庭に移動しており、四面を校舎に囲われたこの空間は閉じ込めるための檻の様にも感じられる。

木ノ下ゆゆこは「巨人」になっていた

「おーい」

ゆゆこの足元から声がする
とても小さな(本来ならゆゆこより背が高いはずの)クラスメイト・線香かおるがそこにいた

「すっげぇでかいなーゆゆこ! 大丈夫か」

「大丈夫なもんか! さっき変なジュースを飲んだら突然体が巨大になっちゃったの、ねえ線香! どうしようー!」

「そのジュースって七夕サイダーのことだろ」

「ええっ?! 知ってるの線香!」

「もちろんだ! なんたって……」

線香の右手にはペットボトルが握られていた
うっすらとした青緑に筆で書いた文字と銀色のキラキラ、アレ・ナンカミタコトアル

「サイダーお前に飲ませたのオレだし」

「ふざけんなあああああああああああー!」

ゆゆこは教室の扉より大きな足で線香を踏みつけようとしたが、線香は建物の陰に必死で逃げ込み攻撃をかわす

「おい落ち着け! 俺はお前の味方だ! 実は俺も飲んだんだよ七夕サイダー!」

「えっ?そうなん?」

「体育のあと、冷たい飲み物に飢えてたら自分の席にこのペットボトルがあったんだ」

確かにのどは渇いていたが、線香はその飲み物に不思議なほど引き付けられ気が付けば蓋を開けていたのだと言う

「そっから先は変な感じでさ、意識はあるのに体が勝手に行動するんだよ。ゆゆこの後ろにそっと紙コップ置いたのもオレだし、七夕サイダーを飲んだのを見計らって、四階の窓から中庭にお前を放り投げたのも俺だ」

「は!? あんたあたしにそんなことしたの?! 死んだらどうする!」

「建物内で巨大化してたら、それはそれで怪我しただろーよ。尻もちで済んでよかったよかった。心配はしたんだぞ? 俺ちゃんと最初に『大丈夫か』って聞いただろ」

「そうゆう意味かよ!」

こんなとりとめもない話をしていてもしょうがない
それにしても、さっきから巨人が外で騒いでいるというのに、線香以外の生徒が教室から出てくる様子すら見せないとはどういうことなのだろう
気になってゆゆこは窓をのぞいてみた。教室の中には誰もいない、廊下も、階段も、一通り見えるところを探したが影ひとつない。午前中の白くて明るい光が何の屈折もなしに窓から差し込む教室は、どこか不気味だった

「なんにせよ、このファンタジー現象は七夕サイダーがもとになってるらしい」

線香はベルトに挟んでいたものを取り出した
青い罫線の入ったルーズリーフ、端にラメ加工された星型シールが貼ってある

「この『七夕サイダー』製品開発機構の商品解説によると」

「よると? てゆうかどこにあったのそれ」

「すべてを元に戻すには『七夕ニ雨ヲ降ラスベシ』」

「雨を?」

七夕に雨を降らせる? 星の祭りである七夕に、わざわざ天気を悪くして何の意味があるというんだろうか
ただの嫌がらせか、ひねくれた感性の持ち主なんだろうか
こんな回りくどい方法で雨を降らせる理由もわからない
それに、天気の予想はできても変えることなんてただの高校生にできるんだろうか
そんなことが可能なのはお天道様と神様くらいだろう

「他に何か元に戻るヒントになること書いてないの?」

「んー『雨ニモマケズ 風ニモマケズ 予算ニモ 客ノクレームニモマケヌ』」

「パクリだ! 宮沢賢治だ! てゆうかクレームついてんのか!」

「『ミンナニ味音痴トヨバレ ホメラレモセズ 相手ニモサレズ サウイフワタシガガンバッテツクリマシタ』」

「もっと違う方向に頑張れよー!」

「ま、七夕に雨が降れば、お前も俺も元に戻れるってことだな」

今日は土曜日、七夕は明日だ
明日までちょうど半日、約12時間
正直、時間があるのかないのか判断が付かなかった。天気予報はよく覚えていないが、今日のこの天気から考えて自然に雨が降るとは思えない。てるてる坊主を逆さまにつるす以外にどう対処しろというんだろうか。
天気がなんてどうしようもないじゃーん!どうしろってのー!とゆゆこはやるせない愚痴を上に向かって叫んでみた。澄み渡った空を見て、心はどんどん曇っていく。
自分も当事者だというのに線香は暢気なもので、まあまあとなだめるように、どこからか持ってきた下敷きでゆゆこを扇ぐ、焼け石に水。

「そうだな、じゃあ天気のことは気象衛星に聞いてみたらどうだ?」

そういうと線香は、青い空の、さらに向こう側を指差した



続く






BGMを流しながらお読み下さい
music・いりこ
この為に作曲してもらったオリジナル曲です

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プロフィール

仲田 静

Author:仲田 静
なかた しず
むっつり系マンガオタク

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